お侍様 小劇場

   “春の便り…? (お侍 番外編 126)


降雪量も最低気温が続いた日数も軒並み記録的ばかり。
それのみならず、低気圧が頻繁に発達しまくり、
突風まじりの吹雪も頻発し、
雪下ろし関連の事故や、
雪山登山の遭難事故
スリップ、横転のみならず、
雪が吹き溜まった道に
車の足を取られたという格好での遭難も続発。
温暖化なんて何処の星の話?とか、
あの猛暑を少しでも残しておけないものかとか、
身を縮めるばかりだった冬が、
ほんのつい最近、三月の頭まで居座っていたはずだのに。


 【 記録史上タイ記録という、例年よりも16日も早い開花です。】

桜という花は、
冬場の寒さが緩み始めるのに起こされて蕾がつくが、
それが目覚めを意識するのは、寒の戻りに引き締められてから。
よって、暖冬だから開花も早いかといやそういうことはないそうだけれど、

 【 三月に入ってから、
   10度前後という大きな差で気温が乱高下しておりますからね。】

なので、目覚めへの刺激は十分与えられての、
しかもその後が初夏並みという暖かさなものだから。
東京の、それも都心近くの桜が次々に開花しており。
となれば、桜という花は一気にぱぁっと咲く花なので、
満開になるのは1週間以内のうちだろうし、
しかもしかも、そのままぱぁっと一気に散ってしまうため、
四月には もはや葉桜となっている恐れが大きい。
新入社員への歓迎会に
花見という建前は持って来れなくなるんだねぇ…。





     ◇◇



都心よりは内陸部、
よってニュースやワイドショーなどで騒がれているほどには、
もう咲いたと叫ぶほどの
大仰な様子にまではまだまだ縁はないけれど。
それでも、臙脂色の梢のあちこちを
明るい緋白で飾り始めている小さな花は、
ちらりんはらりんという微妙さながら見受けられてもおり。

 『意外な場所のものが
  結構 咲いてから
  “え?”と思うタイミングで目に入るものなんですよね。』

毎日通っている道なのにとか、
こうまでご近所なのにとか、
そんな意外なところで咲いていたのに、
どうして見つけられなかったのかなぁって、
それもあってビックリさせられるとは、
七郎次の言いようで。
だがだが、
一旦ほころべば あっと言う間に次々開くのが桜だから。
ほんの昨日、一昨日までは、
探さないと膨らんだ蕾さえなかったくらいの樹でも、
陽気さえ良ければ、
たったの1日2日で 五分咲きまで咲き揃ってしまうもの。

 “……そうだ。
  今日は桜風味のシフォンケーキでも焼こうかな。”

高校生とあって、随分と早めに春休みに突入していた久蔵殿。
バイトだ旅行だと出掛けたおすのが常な年頃のはずが、
相変わらずに“おっ母様大好き”な次男坊であり、
甲斐甲斐しいほどに 何くれとなくお手伝いに勤しんでくれていたけれど。
終業式が済んだ今こそ、
補習も何も関係なかろうとばかり、
部の一斉練習へと召喚されてしまう身となっておいで。
お弁当持ってというハードさながら、
午後のお茶の時間には何とか帰ってくる彼なので。
では、お茶受けに美味しいものでも作って、
鋭気を養ってあげましょうかと、
このところ七郎次手作りのお菓子が続いており。
料理はともかく、菓子はなかなか難しいかと思っていたが、
上手下手はまだ論じるに早いものの、
手際の方は 続けていると慣れてくるもの。
ああそっか、そこは料理と同じなんだと、
メレンゲ作りや練りきりへの餡の裏ごしなど、
どんな手間ものも
楽しく手掛けられるようになっておいでのおっ母様であり。
タブレット端末にてレシピを呼び出し、
晩ご飯の下準備にかぶらせぬよう、
足りない材料は…とチェックを入れ始めた玻璃玉のような青い双眸が、
それは楽しそうにやわらかくたわんだ、
お昼前のほかりとした陽気の中を、


  ―― さわっ、と


今日はまだ さほど強い風も吹いてはないというに、
槇の梢の細かい葉並みが、目に見えて揺れて震えたのを皮切りに。
丹精込めておいでの梅や辛夷、
まだお花は早いかモクレンなどなど、
ご町内の庭木の数々が、
まるで手渡しで風を送っているかのように
順々に揺れたり震えたりを繰り返し。
途中に居合わせた昼寝の猫が、
ブロック塀の上から転げ落ちそうになったのだが、

 「……。」

え"?と思うのと同時ほどの刹那の一瞬で、
元居た位置に 元通りのうずくまり体勢で据えられていたりもし。
たかたかと結構なペースでのジョギングは、
このいい陽気の下ではすぐにも汗ばんでしまうでしょうねと、
通りすがりの、通院帰りらしき初老のお母様がたから案じられたれど。
早期定年退職者なのか、
平日なのにこんな時間帯に駆けっておいでの
やや初老という年頃の おじさんランナーには届かないままであり。
それとは逆に、

  大通り手前の辻から出てゆくバイク便の荷台へ、
  筒状の何かを突っ込んだおじさんの所作は、

あまりに素早かったので誰の目にも留まらなかった様子。
そちらは大通りへ進むらしいバイクは、
何事もなかったかのようにそのまま発進してゆき。
おじさんは自宅へ戻るのか、
降りて来た坂道を…今度は桜が咲いてないかと探すよに登ってゆく。
ジョギングシューズの靴音をかき消すような
やや騒がしいイグゾーストノイズを撒き散らし、
風よけだろう、
この陽気だというにジャンパー姿のバイク便のライダーは。
配達先だろうマンションへ到着すると、
荷台のボックスから
幾つかの厚手の大判封筒やら筒状の荷物やらを取り出し、
ショルダーバッグへ詰め直す。
少々すすけたエントランスへ入ってすぐに、

  だがだが その中の1本の筒だけは、
  ごみ箱の陰、壁紙にぐいいと押し付けられてしまい

そうしたことでがさりと空いた破れ穴へ
するりと吸い込まれていって、まるで消えたような不思議な手際。
バイク便の彼もまた、やはり何事もなかったかのように、
ロビーの奥、エレベーターの方へと軽やかに去ってしまい。
壁に食わせた筒が、
裏手の坂の下の雨樋の先から
ストンと顔を出したことなぞ知る由もなく。

 「おーらい、おーらい…。」

それほど広くはない道なので、
誘導員が“まだいけますよ”と手招きするのへ従って、
引っ越し業者か、大きなコンテナ車が
ウィンカーを鳴らし、バックさせつつ侵入して来たが、
その助手席から伸びた手が、
雨樋から先だけちょこりと出ていた筒を
さりげなくも素早く掻っ攫ったのは、
何処からも死角になっていて見られてはなかったろうことであり。
そのまま路地を入っていったトラックは、
一軒の文化住宅前へ到着し、
家人らが出てくるのへと、誘導員込みでご挨拶。

 「ご予約いただきました、らくらく蝶々便です。」
 「今日はお世話になりますね。」

チーフらしい人がご家族と手順の打ち合わせをしている傍ら、
壁や戸口回りに設置する傷防止のシートをまずはと抱えて取り出すと、
ダンボール箱をあちこちへ詰んであるお宅へ
3人ほどの係員がご挨拶しつつ入ってゆく。
その中の一人が、二階まで上がると、
前以て開いていた掃き出し窓の向こうを目がけ、
大きく振りかぶってがばぁっと投げたのが、
さっき雨樋から引き抜いた筒であり。
軽すぎず重すぎない代物なのか、
風にあおられもせず、だが、
結構な距離を稼いだ飛行旅行の末、

  ひゅーーーーーーーーーーーーーーん、
  がつん・どんっ、と

2ブロックは先という、
生身の腕で投げたにしては記録ものの地点にあった
電柱の上のほうへと引っ掛かって止まった。
周囲のお宅が停電になったんじゃあと案じる人もない、
それは静かな到達だったし、

 「おーらい、おーらい。」

こちらでもやはり誘導員の声と、
それだけでは足らないか、ピッピッピッという笛の音とがしていて。
電柱の上というとんでもない高さに登場したのは、
電線工事用のクレーンの搭乗部ユニットで。
蛍光テープがぐるりと張られたヘルメットに、
丈夫そうな生地の作業着と
腰には様々な工具を装填したベルトを巻いて。
軍手をはめた働き盛りなおじさんが、
まずはと手に取ったのが、宙を滑空して来た一本の筒。
それを慎重に、
実は電流はカットされてあるが念のための慎重に取り外すと、
クレーンのハシゴ部に空いていた穴へ、やはりその筒を投入。
すると、ハシゴ部分の内部にパイプでも通っているものか、
筒はするするするっと地上へ落ちてゆき、
そのまま重機車の天井部へ到達したが。
居合わせた作業員はみんな、頭上の作業を見守るばかり。
唯一、交通整理担当だろう旗を持ったお兄さんも道の左右しか見ておらず、
そうこうする間にも、筒は作業車の天井から転がり落ちたが、
そこへと通りかかったのが、
メッセンジャーバイクというやつか、
カスタマイズされたマウンテンバイクを駆る、
半カップ型ヘルメット装着のお兄さんだ。
前かがみの全速力疾走だったろうに、
目の前を転げ落ちた筒をはっしと捕まえると、
やはりやはり
何事もなかったかのようにそのまま疾走していってしまい……、






  「島田先輩、お疲れ様っす。」

絶賛 春休み練習中の剣道部の、少し早めの昼食休憩は、
弁当組も含めて、春休み中 解放されている学食でとることになっており。
使用届けのない限り、校舎へは原則立ち入り禁止となっているのは、
物騒だからというよりは、
いちいち鍵を貸し出しの、開け立てしのする手数と、
あとあと掃除の必要が出るからだろうと思われる。
いやぁ、合理的だねぇ。(…そうか?)
今日のようないい陽気の日だと、
グラウンド周縁の斜面(なぞえ)や石段なんぞで
弁当やパンを広げてのランチというクチもいる。
島田さんチの久蔵くんも、
食堂周縁のポーチの端っこ、木陰の一角に陣取ると、
今朝方おっ母様に詰めてもらった心づくしのお弁当を、
一見 無感動なお顔であるが、実はわくわくとほどきかけていたものの、
そこへと掛けられた声に気づくと手を止め、反応よくもお顔を上げた。
だって今の声は、

 「太東。」
 「はいっ。」

一応は当校の制服を着ちゃあいるけれど、
久蔵殿には顔見知りでもあるけれど。
実は実は、島田一門の“草”の務めに属する一人。
木曽支家配下の、太東イブキとかいう青年で。

 「お茶、買って来ましたよ。」

自分のついでというように、
良くある小さめの手提げのポリ袋から差し出したのは、
市販のペットボトルの緑茶と…そこへと貼られた小さめのカード。

 「…ああ、すまぬな。」

素直に受け取った久蔵へ、にっこしと笑顔で目礼をし、
そのままやって来た方角を戻ってゆく彼であり。
周囲も“さあご飯だ”と がやがやしていたし、
結構な人数を集めている部でもあるので、
こんな良くある光景なぞ、眸を留める人も少なかろう

 「今のは誰だ?」

そちらさんは、食堂前の自動販売機で買い求めたか、
紙コップ入りのお茶を手に、
弁当包みを下げた部長さんが現れつつ尋ねたものの、

 「…賭けに負けたのだと。」
 「賭け?」

何じゃそりゃと訊き返した彼へ応じたのは、

 「あれじゃないすか、
  無口で恐持てな島田先輩へ、
  お茶を渡して来いっていう“罰ゲーム”。」

 「何でお前がいるんだ、矢口。」

やだなぁ、俺らも春練習で来てるんすよぉ、と。
結構いい体格なのに、
カマっぽい口調が厭味なく板についている
弓道部のお友達の乱入で誤魔化せたものの、

 「………。」

ペットボトルに張り付けられたカードには、
メッセージか、短い一言。

  ―― 七郎次様、しほんけーきを焼く予定だそうです

ちょっと目が寄ってから、

 「……………………ああ。」

シフォンケーキのことだな、
そうか、高階がスタートではないなと。
抜き打ち伝書鍛練の一環、
今日の七郎次様のトピックスを出先の若様にお伝えする任務は、
大まけにまけて82点というところかと……。


   平和だよね、うんうん。(おいおい)





     〜Fine〜  13.03.21.


  *電話やメールでコト足りるご時勢なれど、
   そういった先進の機器でも、
   盗聴やら なりすましやら、
   ハッキングによる内容改竄やらと
   危険や危機は つきものだし、停電になったら話しにならぬ。
   そこで、
   昔ながらの“手から手へ”という伝令システムも、
   いつでも発動させられるようにと、
   抜き打ちで試しておいでの木曽支家だそうです。

   「偉いもんやなぁ。」
   「せやし、それほど火急のことでも無いやおへんか。」
   「あほ。ホンマに大変なことへはまずは電話やろ。」
   「あ、そうか……って、あれ?」

   冗談抜きに国家間の条約等などは
   話を詰める段階では衛星使ってのテレビ会議もありであれ、
   調印となると いまだに担当大臣が直接逢っての署名をするし、
   いろんな記録写真にモノクロ優先なのは、
   カラーへの耐久年数にまだまだ信頼がおかれないから。
   デジタル記録も、
   一応のバックアップのほかに
   紙媒体へ記録も残すこと…がまだまだ原則ですしね。

   「しかも、や。
    木曽の御用ゆうのんは、
    どうしても…七郎次のネタを久蔵へゆう
    内容のもんが多いよってな。」
   「(しかもって どこからつながってんのやろ?)
    うんうん、それで? それやと不味いんか?」
   「せやから。
    駿河宗家の草の班が、余計な茶々入れることがあるんやて。」
   「茶々?」

  伝令のリレーを妨害するとか、
  偽の書面と擦り代えようと虎視眈々だとか?

   「あれ、勘兵衛様も小さいコトしやはるなぁ。」
   「さて、勘兵衛様からの指示かどうかは知らんけど。」
   「ほんでも、
    止めへんねやったら指示出してるんも同じやないか。」
   「せやなぁ。」

  いっそ途轍もない俊足や手練が一人で運んだらエエのんちゃうん?

  そんなしたらマークされやすいし、
  まさかの事態があったら一瞬でジ・エンドやないか。
  短く刻んであったら、
  次の手ぇのもんが駆け寄ってたすきをつなげるやろ?

  何で駅伝マラソン?…と、
  相変わらずの脱線ぶりを展開したのち、

   「うん、西も負けてられへんで。」

  そんな意味深なお言いようが飛び出す
  代表取締役の執務室だったのへ、

   「そこのすっとこどっこいな役員ふたり、
    暇やったら とっとと
    花見用のプレゼンでも行っておいなはれ

  美人秘書殿からの鋭い叱咤が飛んでいて、
  錦秋宴の社屋も 平和よ平和♪(苦笑)

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